メディカル・トレーナー

 私の名は育子。
帝國大学医学部のメディカルトレーナーをしている。
メディカル・トレーナーというのは、もっぱら学生や研修医の実習で患者役を務める専門教官だ。
帝國の医学といえば宙軍主導で開発されてきた機械化改造技術やそれをシビリアン向けに開放した人工臓器・義肢が有名だが、生身のシビリアンを対象にした一般医療でも世界の水準を十分上回っている。
しかしながら近年は矮惑星帯・金星同時開発や恒星間進出計画のため素体確保と改造手術ばかりが重視された結果、かなりの領域で後継者の育成が停滞してしまった。
要するに、宙軍が生殖関連や四肢切断、脳摘出ばかりやらせるから、それしかできない医師が多くなってしまったわけだ。
艦医の代替である宙軍士官の脳外科限定免許は致し方ないにしても、本来ならシビリアンの健康を守らなければならない一般医までが産科や整形外科に偏在している状況は甚だ危険だ。
先日もただの腸捻転患者が消化器内科医不在のため手遅れになって、腸の壊死から多臓器不全を起こして帝大に搬送されて来た。
結局その患者は胸郭下全切断・多臓器機械化手術でどうにか救命できたのだが、長期リハビリ入院、生殖能力全廃の憂き目になった。
だいたい広範囲の機械化手術なんて、宙軍兵の全身機械化を除けば本来なら年間数例の珍しい手術だ。
帝大といえども人工臓器のストックは10体分前後しか常備していない。
ありふれた傷病がこじれて機械化に至るなどという事態は想定外であるし、そんな症例が増えたら健保財政が破綻してしまう。
平時にこの調子では、疫病や戦災に見舞われたらシビリアンが大量死して素体供出が不可能になってしまうおそれもある。
事態を憂慮した帝国議会では、貴族院科学技術委員会の発議によって6年前に一般医育成強化法が制定された。
この法律の目玉は、症例が不足しがちな感染症や胸腹部内臓破裂、股関節・肩関節以外の四肢切断・接合に関して直接訓練機会を設けることであった。
その手段というのが、メディカルトレーナー教官職の設置であった。
従来の医学教育では、学生の実習はダミー人形や遺体で行っており、実患者に対しては安全上見学しかできなかった。
研修医も手術の助手や簡単な切開縫合以外は見学ばかりである。
これでは一人前になるまであまりにも時間がかかりすぎるから、症例が多く短期間で戦力化される分野ばかりに人材が偏ってしまうのは当然である。
これを是正するには、未熟練者が安全に練習できる患者を用意すればよいわけである。
そのために特別な改造を施された者がメディカル・トレーナーとなる。
私の体は首から上が宙軍仕様の人工小脳型サイボーグと同じ部品で大脳以外を機械化されている。
一方、首から下は首の上端が人工小脳型サイボーグ用ボディと互換性を持たせたソケットに改造されている以外、完全な生身である。
つまり頭部は人工小脳型サイボーグそのものであるから、首から下で何が起きようと生命に別状はない。
ところが首から下は一般シビリアンと変わらないので、一般医の訓練に使えるというわけだ。
対応不可能なのは、脳外科や眼科、耳鼻咽喉科、食道・気道・声帯の手術、歯科ぐらいだ。
もっとも、脳外科は宙軍の方で大量に養成しているし、その他のマイナー科ぐらいなら猿で経験を積んで仕上げは人権削除囚を使えば間に合う。
生命の危険は無いといっても、メディカル・トレーナーはたびたび肺炎になったり手術訓練で体を切り刻まれる苦痛に満ちた仕事だ。
もちろん人工小脳で痛覚は調整できるし、そうでなければ発狂してしまうが、調整しすぎると反応が本物と違ってしまうから相当我慢してやらないと学生の教育によろしくない。
本来は身体構造上起きえない痙攣や過呼吸は、人工小脳のプログラムを工夫して演出してやるようにしている。
いつも痛い目にばかり遭っているとやはり意地が悪くなって、ときに学生が狼狽するような演出もしてしまうのはしかたがない。
教育者としてえこひいきはいけないことなのだが、切開縫合実習で醜い跡を残してくれた不器用学生なんかはどうしても虐めたくなる。
実は私がこんな辛い道に進んだ理由は、小脳に悪性腫瘍が出来たためだ。
昔なら、宙軍に特例志願して人工小脳型への直接改造を願い出るしか助かる方法のない状態だった。
ところが、ちょうど改正法が成立してメディカル・トレーナーのなり手が求められていたので応募したわけだ。
もちろん、高給で休暇も多い宙軍に行くか、全くの新分野で不安が一杯の道に行くか、悩まなかったわけではない。
私は元々帝大で理系共通基礎科目の学生実験を担当する技官だった。
壇上からの講義とは違い、学生にさまざまな失敗経験を積ませ叱責を繰り返す実験教育こそが技術を育てるという自負もあった。
それで結局この道に進んだのだが、後悔する部分もある。
いつも痛い目に遭うからというわけではない。
大学当局は技官から助教授への昇格で応えてくれているから、苦痛も給料の内と割り切っている。
辛いのは、全身ところ構わず毎週のように増えていく傷跡だ。
首から下が生身の私はもちろん自然な妊娠出産が可能だし、真剣に結婚を考えたい年頃でもあるのだ。
ところが順繰りに場所を変えて切断接合を繰り返した四肢といい、下手くそな縫い目が幾重にも折り重なった腹といい、私の体はたいていの男がドン引きする醜状を呈している。
正直なところ、自分で鏡を見てもドン引きしたくなるくらいである。
熱帯の我が国で、外出はいつも長袖にロングスカートではまるで変質者だ。
一時期、イスラム教徒ではないかという噂を立てられて警察に事情を聞かれる羽目にまでなってしまった。
帝國では宗教は禁忌だから、そんな噂が広まってしまったら結婚どころか誰も口をきいてくれなくなる。
事情聴取の件で私の苦悩を知った学部長が宙軍に掛け合って特別にサイボーグボディを調達してくれた。
おかげで外出のときは体をすげ替えれば人並みの服装が出来るようになって、悪い噂は立ち消えになった。
それどころか、よく街で男に声をかけられるようになった。
最近判ったことだが、宙軍が貸与してくれたのはセクサボーグという売春に最適化されたボディだった。
やたらと男が寄りつくのも道理である。
声がかかるのは有り難いのだが、いざ本命、本番となったら、つぎはぎだらけの本体と寝てくれる男でなければ意味がない。
それにもう一つ気がかりなことがある。
それは頭のことだ。
助教授は最低一科目講義を持たなければならない。
私は人工小脳型への改造体験や以前関わっていた脳微小磁界検出実験の経験を生かして、脳動態基礎を担当している。
講義であっても、本業が実験指導だけにやはりスライドや標本ばかりでなく生きた脳を見せながら教えるのがポリシーだ。
講義に熱中してきて言語野付近の血流が増える様子などをその場で赤外映像にしてみせると、学生の理解は非常に早くなる。
この効率の良さは何物にも代え難い。
そのため頭蓋を透明なサファイヤ製に換えてしまっている。
この頭は植毛が出来ないので、外出時は脳に日を当てないようかつらを着けている。
スケルトンが義務づけられた宙軍素体教官などには紫外線反射コーティングを施して脳見せのまま出歩く娘もいるが、私はそういう趣味じゃない。
趣味じゃないとはいっても、自宅で寛ぐときぐらいはかつらを脱ぎたくなることも多い。
頭部の機械は体の一部だと思えるが、やはりどんなに精巧な品でもかつらは衣服の延長だとしか思えないからだ。
また生身と機械の継ぎ目になっている首ソケットは毎日きちんと手入れをしないと感染症の危険性がある。
首を着脱してソケットを手入れするときにかつらを着けていると、髪がソケットに咬み込んだり外で付いた清潔でない埃がソケットに入る危険性もある。
だから、結婚すればつぎはぎだらけの体とともに脳見せ姿も相手に晒すしかない。
それで引かれるようでは、到底結婚生活が成り立たない。
もちろん、世の中には脳見せ娘が好きな男もいる。
ところがそんな嗜好の男には脳を見ると興奮して脳姦したくなる奴が多い。
本気になられて頭蓋を割られでもしたら大変なことになる。
サファイヤは硬い素材だが鉄パイプで力一杯叩けば割れるだろうし、傷が付いたら授業に差し支える。
結婚するなら脳に引かないが真性脳フェチではない男でないと困る。
そんな男を捜すなら、週末はせいぜい街に出て物色し、本命候補とはじっくり付きあって本性を見極めなくてはならない。
ところが、なかなかその時間がとれないのが辛いところで、もっとも後悔する部分だ。
例えば来週のスケジュールを見て欲しい。
−−−−−
月曜:研究日
火曜:午前・脳動態基礎講義 午後・学会幹事打ち合わせ(出張) 夜・懇親会
水曜:午前・会議 午後・尿道カテーテル挿入実習(学部生)トレーナー
木曜:左脚膝下12センチ切断接合訓練(初期研修医)トレーナー
金曜:回復入院日
−−−−−
一見、実質週休4日の優雅な暮らしに見えるかも知れないが、それはとんでもない間違いだ。
いくら帝國の骨格接着剤が優れているといっても、脚を切断してつなぎ直したら週明けもギブスだろう。
おそらく、金曜の帰宅は車いすで自宅に送られることになる。
つまり、週末にチャンスは全く無い。
おそらく最速で回復できても来週いっぱいは、杖をつくかびっこをひくことになる。
そんな姿でデートは無理だろう。
だいたい風呂にも入れないんだから、たとえ傷が無くてもドン引きされるよ。
宙軍貸与ボディ?、あれは昼の外出なら良いけど夜のつきあいには役立たずだ。
だって、腸が入っていないんだもん。
本体の方で必要だから腸が移せないわけで、消化が出来ないし長時間は使えないんだよ。
ずっとこんな暮らしでは、進展がないのも当たり前だ。
えっ?、火曜の懇親会があるだろうって?。
生憎業界関係者じゃ、いい男は少なくてセクハラオヤジばっかりなんだな。
特に産科の教授なんか、「おい妊娠はまだか、分娩実習の教材が足りないんだ」が口癖だ。
そりゃもちろん妊娠したら分娩実習のスケジュールは組んで差し上げますよ。
それが仕事なんだからね。
でもね、人の苦悩も想像せずに大前提が成り立たない状況で催促は無いだろ。
ああ、いっぺんあのセクハラオヤジのペニスをちょん切ってねじった位置に継いでやったらどんなにすっきりするだろう。
そういえば、男性器の実習教材って人権削除囚しか無いから大変不足しているんだよね。
あのオッサン、そのうち強姦常習で捕まって人権削除にならないかな。

手術室入りしてヅラを取ったメディカルトレーナー

育子の首ソケット講習ノート

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