スチーム・ギャル

金星で働く全身セラミックボディ娘の労働環境についての記事です。
今後のセラミックギャルズシリーズに繋がるかどうかは今のところ不明です。

金星の地上交通事情

 ここ金星では使えるエネルギー源が限られている。
何しろ高温なので原子力のような熱源を使う動力は放熱が出来ず使い物にならない。
氷隕石クレーターに囲まれた低温地域は風が強いから開発ドームなどの固定された施設なら風力発電を利用できる。
困るのは物資輸送を担う交通施設だ。
地球上なら鉄道を建設し発電施設から電気を送って動力にするところだろうが、硫酸の雨が降る金星では金属のレールや架線が使えない。
レールについてはセラミックレールが開発され、車輪や車体もオールセラミック製のトロッコを使う陶製軌道、略して陶道が整備されるようになった。
だが大型の機関車を動かす動力がなかった。
一部では蓄電池式の小型機関車が使われているが高温の地上では蓄電池や電動機の保冷が大変だった。
氷を置いた魔法瓶のような容器内に全て搭載し、セラミック製のシャフトで動力を外部に伝える構造では図体と重量の割に出力は小さく効率が悪い。
そして魔法瓶の氷が無くなったらたちまち故障だから航続時間は高々2時間、ノンストップで80キロほどだ。
だから機関車を使い貨客輸送が可能な陶道は北極植民地を囲む3大クレーター湖を結ぶ幹線を維持するのが精一杯であった。
この幹線陶道沿線は気温70度程度と比較的低温であり、植民ドームや耐高温植物の屋外試験農場なども点在する。
だからクレーター湖の湖畔に設けられた純水製造施設からの大量定期輸送はどうしても必要だった。
気温が120度を超える周辺地域ではそんな貧弱な列車を運行することも不可能だ。
それでも貴重な鉱物資源が見つかっている土地から物資を運ぶ手段は必要だ。
そういった地域では容量の割に表面積が大きい容器に水を入れておくだけで沸騰する。
つまり液体の水さえ補給すれば簡単に蒸気機関を動かすことが出来た。
機関車のような大きなものは無理だが、人型ボディ程度の小型機械なら十分である。
そのため高温地域の鉱山では背中に平べったい沸騰容器・リバースラジエーターを背負い、保冷水タンクのトロッコを引いた蒸気駆動型サイボーグの姿が多数見られる。


蒸気駆動型屯田兵・シガラ

 ぐつぐつ、しゅーっ、しゅーっ、ごとっ、ぐつぐつ、しゅーっ・・・
 私はシガラ、しゅーっ、
宙軍金星屯田本部北極圏第一水銀鉱山人車陶道隊に所属している。しゅーっ、ごとっ
階級は二等兵、サイボーグとしてはここが最初の任地ということになる。ぐつぐつ、しゅーっ
金星は私の素体生産地でもあり、素体訓練も改造手術も植民ドーム内だったから余所の星のことはよく知らない。しゅーっ、ごとっ
ただ、それでもここが帝國一の過酷な職場であることだけは判る。ぐつぐつ、しゅーっ
とにかく線路上を歩き出したら立ち止まることは許されない。しゅーっ、ごとっ
ひたすらトロッコを押し続けて次の給水場を目指さなければ命が危ないからだ。ぐつぐつ、しゅーっ
私の体にはエネルギー源が全く搭載されていない。しゅーっ、ごとっ
サイボーグがエネルギー源の搭載なしにどうして生きられるかって?。ぐつぐつ、しゅーっ
それはつまり、エネルギー源は背中に背負ったリバースラジエーターからの蒸気圧に頼って生きているということだ。しゅーっ、ごとっ
そしてリバースラジエーターが蒸気を発生できるのは後ろに引いている断熱純水タンクのトロッコが水を供給するからだ。ぐつぐつ、しゅーっ
私の体は生命維持装置もこの蒸気圧による発電で動作している。しゅーっ、ごとっ
電池の類は一切搭載しておらず、予備電力は高温超伝導フライホイールによる8分間しか保たない。ぐつぐつ、しゅーっ
こんな重労働をしていたら蒸気の殆どは手足が消費しているのだが、立ち止まっていても生命維持装置は蒸気を消費する。しゅーっ、ごとっ
ここの環境では呼吸用酸素も水の電気分解で自給しているからその消費量はバカにならない。ぐつぐつ、しゅーっ
タンクの水はわずか1トン半だ。無駄は死につながるのである。しゅーっ、ごとっ
そんなわけだから、さっきからしゅーしゅー煩いのも仕方がないのさ。ぐつぐつ、しゅーっ
この蒸気音は私の鼓動みたいなものだと思って欲しい。しゅーっ、ごとっ
 どうしてそんな過酷なところにいるのかって?。ぐつぐつ、しゅーっ
そりゃあ故郷の生存環境を守りたいからだわ。しゅーっ、ごとっ
金星の可住環境は矮惑星帯から送られてくる氷隕石によって支えられている。ぐつぐつ、しゅーっ
氷隕石の収集をやってくれる部隊は核パルス推進艦によって大量輸送体制を維持している。しゅーっ、ごとっ
その核パルス推進艦には水銀が必要だ。ぐつぐつ、しゅーっ
ここではその最重要戦略物資・水銀を掘り出しているんだ。しゅーっ、ごとっ
そんな優等生答弁じゃなくて本音が聞きたい?。ぐつぐつ、しゅーっ
もちろん報酬は大きい。しゅーっ、ごとっ
ここで5年働けば3年間の完全自由休暇が与えられるし、何か重大な失敗をしない限りそのときの階級は伍長だ。ぐつぐつ、しゅーっ
その代わり、ここでの5年間には全く休みがない。しゅーっ、ごとっ
だいたい常に蒸気供給がなければ動けなくなるこの体では、休みなんかくれても出来ることが何もない。ぐつぐつ、しゅーっ
基地で寝るときなんか蒸気を止めて外部電源で生命維持するから全く体が動かせない。しゅーっ、ごとっ
不便この上ないが、気温が150度になる人車陶道の終点・採掘場で信頼が置けるのはこのローテクボディだけなのさ。ぐつぐつ、しゅーっ
ローテクといっても機構だけの話で、素材は超断熱タイルのブロックを削り出しているのだからハイテクだけどね。しゅーっ、ごとっ
それでも生命維持装置と最低限の制御系を安全な温度で納めるスペースはぎりぎりだ。ぐつぐつ、しゅーっ
排熱用ペルチェに必要な電力をケチったら血液が茹だってしまう。しゅーっ、ごとっ
だから身体制御CPUにしたって手足を動かす蒸気バルブの開閉以上に余計な電気は使えない。ぐつぐつ、しゅーっ
胴と手足の肘や膝から先は超断熱タイルの原色がむき出しだ。しゅーっ、ごとっ
申し訳程度肌色に着色された二の腕と太股にも大きな排気スリットがある。ぐつぐつ、しゅーっ
髪なんか黒い断熱タイルの塊を被せただけで表面積を減らすためパターンすら刻まれていないから見栄えは最低だ。
金星人として地産素材への誇りがあるからこれでも耐えられるが、よそ者には無理だろうね。しゅーっ、ごとっ
どうせ休みもないし5年間は気にしても始まらないけどね。ぐつぐつ、しゅーっ
おおやっと給水場が見えてきた。今日も無事だったわ。ここでは無事が何よりさ。ぷしゅー
陶道工兵・シガラ

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